パパ頭の日々のつぶやき

妻子との何気ない日常を漫画にしてます!

育てている人

粉ミルクやベビーフードを使用することに対して、批判的な立場をとる人がいる。
「完全母乳で育てるべきだ」
「離乳食は、手間暇かけて作るべきだ」
栄養的な観点は脇に置いておくとして、こうした主張をする人には、ある種の共通点があると思う。
それは「愛情」の重要視。
粉ミルクよりママのおっぱいの方が、ベビーフードよりお手製ご飯の方が、愛情がつまっている、子供にはそれが伝わる、にも関わらずそれをやらないなんて愛情に欠けている!
そうした考えから、批判しているのではないだろうか。
私も「愛情」は極めて大切な要素の1つだと思う、その点には共感する。
ただこうした主張には、不足している視点があると思う。

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就職してまだ間もない頃、同僚が妻の出産および育児に伴い、しばらく職場を空けることになった。
同僚は、休みを取ることについて、非常に申し訳なさそうに説明してくれた。
私はその様子に心苦しさを覚えつつもこれを了解し、やがて同僚は休みに入った。
それから少しの間、仕事は忙しくなった。
「同僚がいてくれたな」と思うことがまったくなかったわけではない。
私なんかよりも遥かに能力があり、頼りになる人物だったからである。
しかし余計な心配をかけるわけにはいかない、何とか頑張っているうちに時間は過ぎ、やがて同僚は職場に戻ってきた。
そんなある日のことである。
同僚が子供の写真を見せてくれた。
瞬間、ハッとした。
愛らしく笑う子供の写真を見ながら、私は思った。
私の仕事が報われている。
仕事だけで考えれば、私は彼に遠く及ばない。
しかしそんな私の仕事は、巡り巡って彼の子供の笑顔に変わった。
私は彼の子供に会ったことすらないが、私も微力ながら、彼の子供を育てていたのである。

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子供を育てているのは親…だけではない。
「愛情」についても同様である。
バカする度に注意してくれた近所のおばさん、いつもお菓子をオマケしてくれた駄菓子屋のお婆ちゃん、話を聞いてくれた学校の先生…それら全てが私を育ててくれてきた。
そこには必ず何かしらの「愛情」があったように思う。
人生を振り返ってみて、「自分を育てたのは親だけだ!」と断言できる人がいるだろうか。
意識のあるなしに関わらず、人は人を育て、また育てられている。

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企業は利益追求の一貫として商品の改善を図る。
その通りだと思う。
でもそこに宿っているのは、多くの場合、損得といった単なる経済的観点だけではないだろう。
母乳の代わりといえば長らく粉ミルクが一般的だったが、最近では液体ミルクが開発されて注目を集めている。
儲けるために作ったのか。
もちろんそれもあると思う。
でもそれだけではないものを感じないだろうか。
何か温かい気持ちだ。

最初の指摘に戻る。
「愛情」は極めて大切な要素の1つだ。
でもそれは、母乳やお手製ご飯にしか宿らないのだろうか?